【文章】ロロヴォーカ03:面影と逢着

 断りと告白をしたあの日から、クリフは逢瀬の場に現れなくなった。
一方的に少なからず事情を知るエルフの男は「目を覚ましたのかもな」と嫌味を言う。それを、そうかもしれないと思ってしまう自分と、そうじゃないと彼を信じている自分がいる。
だから存在しない面影を追っているのに、「お前冗談が下手になったな」と気にしていないふりをした。



数日後。
彼はまだアザルラに来ない。
ロロヴォーカは彼がいるであろう人間の街をフードを深く被って訪れた。
(彼を探したいわけではない。ただ、クリフという一個人に関して得られる情報はなくとも、教会や聖騎士団の情報は大雑把な物や噂話を集めて……何か不慮の事故や事件があってないかどうかを確認できれば良い。何もなければそれでいい、…)と誰に聞かせるでもない言い訳を心の中でする。

格好付けて大人ぶって「クリフなりに自分の気持ちを考えればいい」と手放したが、理由があって来られないのかもしれないからと、その身を案じたいのだ。

あまり日の光に当たらないように気をつけていると人間の少女達の会話から「クリフさん」と名前が聞こえ足を止めた。悪いとは思いつつ聞き耳を立てーー…
「やっとラブレター渡したんだ」
「そう!好きなところを沢山書いて、もしよければって……。もちろんクリフさんを困らせちゃうのはわかってるんだけど、でも受け取ってくれたから……」
…ーー聞かなければよかったとロロヴォーカは後悔した。

やはり人間は人間同士で、そして男と女で愛し合うのが自然の摂理だ。頭ではわかっているが性状は変えられない。
自分から傷を負いに行ってしまったロロヴォーカは鍵を使いアザルラへ戻る。馴染みのエルフは顔を見て、笑いもせず酒を無言で渡してきた。



それからさらに日が経つも、やはり彼はアザルラに来ない。
「魔族に生まれもう70と数年生きてるくせに、たった数日会えてないぐらいが何だ。さすがに今のお前は面白くないぞ」と酒呑み仲間が指摘する。
それもそうだ、たった数日だ。
されど、もう数日なのだ。
「今日は帰る」
「そうするといい。外はもうすぐ朝だから気をつけろよ、まぁたまには光にあたって苦しんでみるのもいいかもしれないがな」
そう嫌味を言う相手に、苦しむのは御免だと手を振りつつ、魔法の扉から森の小屋へ。
居心地の良い廃墟であるこの小屋はいつかに彼と訪れた場所で、引きずっている自分に苦笑する。
小屋の外は「もうすぐ朝」と言っていた通りチラホラと木々の隙間から光の筋が見えていた。
「日が昇りすぎる前に暗い方へ行かなきゃな」
そう独りごちり、首を小脇に抱えて移動することにした。

そしてどれだけ歩いたか。
突然、森の奥にいる俺を呼ぶ声がして振り返ると湖を挟んだ先に望んでいた彼がいた。彼は迂回する事なく湖に入り徐々に水に足を取られながら俺の名を呼び続ける。
夢か幻か。どうか消えてくれるなよと吐き出した声は、常のそれよりも少し震えていたのかもしれない。
陽の光の下にいるにも関わらず駆け出し水に足を取られながら彼の元へ、触手をつかい溺れそうな彼を支えた。

必死に俺を呼んでいた彼の泣き腫らした目とその目元のクマは、俺が悩んでいたのがちっぽけなほど沢山彼を悩ませてしまったのだろうと胸が痛くなる。それと同時に嬉しく思った。
息を整えきる前に、好きだと伝えてくれた彼が愛おしい。
彼の顔を挟み言葉を選ぼうとするもこんな時には格好付けた言葉は出て来ない。

「沢山考えてくれたんだろう?……ありがとうクリフ」

言葉じゃなく行動で。
彼に口付けし、強く抱きしめた。




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「……まぁ、湖に飛び込むのは感心しないな」
「それは、その……」
「いや悪い、意地悪を言ったな。嬉しくってこういうこと言わないと顔がだらしなくなりそうなんだよ、触手も喜び抑えられてないんだ」

ほら、と水の中でウネウネ暴れる影の触手を指差し、ポカンとした後タイミングを合わせたように2人同時に破顔する。
愛しいなとロロヴォーカはクリフに滴る水を拭って彼にもう一度、ーー…