【文章】オアシ:灰被り

今日は散々な日だ。
元の世界の彼女と喧嘩して逃げるように館内へ訪れ、好ましくは思っているがろくでもないバンドマンや美容師、バーテンダーの友人達と飲み明かした。そろそろ帰るかと道を探すも元の世界への帰り道は見つからずオアシは頭を掻いた。

まだ遊は手元にあった為、ホテルに泊まることは可能。
だが今後一切戻れない事を考えるとギャンブルで増やすか節約でもしないと…と数秒の思考の後、「やらない後悔よりやって後悔だ」と遊をギャンブルに使ったのが2時間前の話で……。

「さて、と。ホテルに泊まる金もなくなった」

結果は惨敗。もういっそのことと元手の9割を削った状態で訪れたのは、何度か友人達と訪れた事のあるバー。機械のアイマスクで朗らかな顔文字を表示させながらバーのマスターである男はオアシを見やる。

「いらっしゃいませ。おや、オアシさん。本日はお一人ですか?」
「ドーモ、ソウシさん。今日はアイツらと飲んだ後にいろいろあったからなぁ、とりあえずこの遊で飲めるだけ飲みたいんだけど?」
「おやそうですか、承知しました」


それから、……それからどうしたんだったか。
記憶が曖昧なまま今いる場所を確認する。
ベッドの上ではあるが、ホテルではなく少し生活感のある部屋だ。ヤった感じの疲労感もないし、どんなお人好しだ?と思案しているとガチャと一箇所のみの扉が開き顔を覗かせたのは明らかにデブでピンクで帽子を目深に被った見知らぬ巨男。

「ンッハッハッ、起きたか!!君が昨晩のことを覚えているかわからないから聞こうか、何か説明がいるかな!?」

朧げに昨晩を振り返る、たしかあの後2杯だけ飲んだ後に遊がなくなり帰ろうとした所にこの男が店に来た。その後、何か話した気はするが……。

「名前は覚えてる。ンダさんだろ。けど、あー……俺はどうしてここに?」
「私がここに来たばかりだという話と、舞台をやりたいという話をしたのは覚えているかな」

ダメだ覚えていないというリアクションをすると話が弾んで飲ませすぎてしまったな!!と巨男のンダは再度大笑いした。

「まぁ、いつか雇うと約束した君を放置するわけにも行かず今日は来てもらった感じだな」
「いつかって事はまだ準備ができてなくて雇われるまで時間があるわけだ」
「ハッハッ、そこら辺も昨晩話したんだがな!!」
「悪いな。俺も記憶無くすまで飲んだのは久しぶりでこれでも混乱してんだよ」

そこから数度言葉を交わして確認したのは、巨男のンダは現状資金と人員集めをする為に館内を散策していて雇う日程などが確約できない事と、昨晩酒を大量に煽りご機嫌になった俺は即興劇を見せてた事など。
今の俺が覚えていないにせよ、その即興劇の事を楽しそうに話すンダは舞台、演劇好きの同類なのだろう。

「ついでに言っておくと君にのたれ死んで欲しくはないからこの世界での生活費も昨晩少し貸した所でね!まぁ何に使うかは君に任せるが、しばらく待ちの間はその金…遊?を使って生きて待っていて欲しいと思っているよ。」
「俺は構わないけど、どれもこれも口約束だけで良いのか?」
「大丈夫さ!舞台演劇、物語や歌の芸術好きに悪い奴はほとんどいないからね!!」

(少しはいるんだな)というのが透けて見えたのか、ンダはハハハと俺の背中を叩き誤魔化したようだった。

「……礼をしたほうがいいか?雇うとか金貸してくれたとか一晩泊めてもらったとか色々理由はあるし。一応男相手の経験はあるけど?」
「君は昨日も同じ事言ってたよ!だが残念、私はそう言った欲はなくてね!」

人が良いとはまさにこう言う事か、「いつか君と舞台ができればそれが返礼と思おう」とまで言われてしまった。最後に連絡手段だけ教え合い部屋から出るとそこはよく見る館内の一路で、ではオアシくんまた会おうと巨男は手を振ってドアごとその場から消えた。

その後、結局貰った遊は数日で使いきり肉屋でのバイトをはじめ、知り合った友人・知人に奢られ泊めてもらう日々。実はあの出会いは夢でも見たか変な種族に化かされたんじゃないかと、そんな気すらしたが連絡手段にともらった指輪は手にしっかりと存在していた。

「早く迎えに来い」

今日も巨男からの連絡はないが、楽しい日々は過ぎていく。